SPYSCOOP
加入していない他の損保に
個人情報が漏れていたかも
「本業支援」の悪癖
メーカー系列ディーラーは損害保険会社(損保)にとっては上得意客である。新車を売っているのだから登録、届出のたびに自賠責保険(以下自賠責)の需要が発生する。自賠責自体の儲けは薄いが、損保の取扱高にはカウントされるから、損保にとっては重要だ。もちろん自賠責に 入って貰えば任意保険加入の可能性も高まる。
昨年、記者はビッグモーターの不正事案を数多く記事にした。その後、同社が経営破綻し、先頃、伊藤忠商事グループの傘下に入ったことは記憶に新しい。中古車大手ではイドム、ネクステージ、グッドスピードなど程度の差こそあれ、損保が関係する不適切事案が多数発覚している。
ことほどさように大型の兼業代理店(生損保商品の募集のみを専業としない代理店)にいかに食い込むかは損保にとっての重大関心事である。そうした事情があるだけに、「本業支援」において大型兼業代理店から行き過ぎた要求をされても、損保側はその要求を飲んだりするわけだ。「損保業界の常識は世間の非常識」と言われる所以である。
「乗合い」と「テリトリー」
新車中古車販売会社の場合、複数の拠点を持っている場合が多い。大手の新車ディーラーなら20~30の拠点を持っていることはザラだ。損保業界には「乗合い」という言葉がある。公共の路線バスの話ではない。ディーラー1社の保険業務に対して複数の損保が「乗合い」することを指す。「乗合い」する各社は拠点ごとに自社ブランドの優先的な扱い(推奨損保)を求めてしのぎを削る。
拠点が20あれば、それぞれの拠点について戦国時代の国取り合戦のように拠点を奪い合う。一般的には大手4社のうち3社程度が乗り合うことが多いようだ。大手4社ともが乗り合うこともあれば、中堅損保が参戦する場合もある。
かくして拠点ごとに「お客様に推奨するプランド」が決まる。これを業界用語で「テリトリー」と表現する。A拠点の推しがA損保なら、B店はB損保といった具合だ。損保にとっては、この「テリトリー」を他社から奪うことができれば、大型兼業代理店であるディーラーの扱い損保のシェアを増やすことができる。
なぜ「乗合い」他社にも
個人情報を同報したのか
前置きが長くなってしまった。金融庁は6月末をメドに損保業界の健全化に向けた有識者会議の中間取りまとめを発表する考えだ。ここでは上述した「大型兼業代理店」の扱いも議論されていると聞く。「乗合い」についても問題点が指摘されるかもしれない。その乗合いについて先頃、加入していない損保に個人の加入者情報が漏れていたのではないかという由々しき事案が発覚した。
現在、分かっていることはこうだ。通常、大型兼業代理店は本社(本部)に保険部門を集約している。加入者のデータを使って、都度、契約満期者、新規獲得者、事務不備案件などが店舗と共有されている。本社の保険部は通常同じ内容のメールを全拠点に一括配信している。で、あり得ないことにこの一括送信メールになぜか乗合いしている競合損保の担当者のメルアドがカーボンコピー(CC)として貼り付けられていたのだ。乗合いしている競合他社のメルアドは支社の担当者が変わるごとにアップデートされるのが通常のパターンだ。
「なぜこんな事をしていたのか」については4大損保を中心に調査が続けられている。国内自動車保険で大きなシェアを占めるディーラー分野については、各損保とも代理店の募集品質を上げるために様々な取り組みを行っている。テリトリーとしているお店への「拠点指導」も行っている。セミナーなども個別もしくは乗合い損保の共同開催等により、保険分野の研修などを販社に代わって行っていることもしばしばだ。余談だが、こうした場所で名刺交換になどにより、「新しい担当者のメルアドを把握していた」(事情通)可能性がある。
本社保険部門からそれぞれテリトリーが異なる拠点に一括してメールを送る際、本来なら本社保険部の担当者は同じテリトリーの損保ごとに分けてメール配信するのが当然だ。だが、販社の保険部は効率を追求するあまりか、「テリトリーに関係なく自社各拠点に一括してメールを送る。乗合しているテリトリーが異なる全ての損保担当者にCCしていた」(同)のではないかと言われる。
あなたの個人情報が加入していない損保担当者に日常的に見られていた可能性がある。これだけでも十分背中が寒くなるが、どうやらこうした「個人情報漏洩」は長年にわたり全国規模で行われていた疑いが強まってきた。ある損保の調査では「少なくとも2016年頃には行われていた」と言われる。
「代理申請会社」、いわゆる「代申」という仕組みがある。拠点が多く取引が大きな兼業代理店では地域の財務局への申請などで個々の損保が対応するのではなく、あらかじめ幹事社を決めて、その損保が「乗合い」損保を代表して当局への届け出等を行っている。こうした制度も「個人情報を日常的に見られるようCCしていたことの温床ではないか」(別の事情通)との指摘もある。
大型兼業代理店である某メーカー系販売会社の保険担当部長は、「ご指摘の事実はある。現状でお答えできることはない。どう対応するか、どう判断するかについてGWが明けたら損保から連絡があるとしていたが、5月15日現在、連絡はない。もちろんメールについては代理店側に情報があるが、現状ではなんとも言えない」と話す。
ある損保の指摘が端緒になった競合他社への個人情報漏洩問題。全国レベルで史上空前の規模になる予感がする。続報を待て。
取材・文/神領 貢(ニューモデルマガジンX編集長)
写真は損保協会。