ホンダは従業員が考案した技術やアイデアを具現化して課題解決と新価値創造につなげる新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」を17年に本田技術研究所でスタートさせた。そして今年4月から対象をホンダ全社に拡大した。
IGNITIONはベンチャーキャピタル(投資ファンド)とも連携しており、起業して事業化をめざす方法も用意。起業した場合にはホンダの出資比率は最大20%に抑えられて「色」がつきすぎないように配慮する。また、起業後にホンダがM&Aを行ってスピンイン、自社の事業として扱う可能性も残されている。
本田技研工業の常務執行役員でIGNITION審査委員長を務めている水野泰秀さんは「ホンダが持っているDNAを刺激し、忘れそうになっているチャレンジングスピリットを呼び戻したい」とIGNITIONの狙いを語った。「優秀なエンジニアが起業してホンダを去ることはもったいないけれど、若いエンジニアの背中を押したい。世の中で役に立つモノ・コトがスピーディに実現でき、ホンダDNAの刺激になるなら」と話す。
このIGNITION発のベンチャー企業第1号として設立されたのが「株式会社あしらせ」だ。
「あしらせ」では靴の中に取り付ける振動デバイス付きモーションセンサーとスマホのアプリを組み合わせることで視覚障がい者の歩行をサポートするナビを開発。代表取締役の千野 歩(ちの わたる)さんは「視覚障がい者が情報を得る上で大事な聴覚をジャマしないこと、『安全』に集中できること」などを念頭に置いて開発してきたという。充電頻度が少なく済むこと、一度クツに取り付けたら装着したまま脱ぎ履きできること(=外出の際に忘れずに済む)、濡れても影響がないこと、といった点も考慮。
ただ、開発の過程で「障がい者にとって価値があるのかどうか迷った」と振り返り、その際には視覚障がい者とのコミュニケーションを繰り返して課題や悩みを克服したそうだ。
「研究所在籍時代に一度は落選したものの、どこかで事業展開できればと思って研究開発を続けた」というから、千野さんの熱い思いが詰まっていることは想像に難くない。このナビは22年度中の発売をめざして開発が進められている。