【鬼十訓】マガジンX 2008年10月号 掲載
元マガジンX、スクープ記者の「鬼」が指南
新車スクープ記者版 鬼十訓
鬼十訓 壱
ガードマンもスクープ記者も変装術が必要である
まだスクープ専門誌なんてものが知られていなかったころのスクープ記者の登竜門が、N社のO浜工場。そのテストコースの向かい側にある、小高い丘になったN島公園は、肉眼でもテストコースが丸見え。N社はガードマンを置いたが、公共の公園に企業が勝手に制服を着たガードマンを配すことができないので、変装しないといけない。サラリーマン風、作業員、果てはカップルまで、それはもう涙ぐましい努力をしていたが、見慣れてくればそんな変装は一発でわかるようになる。
私たちも一般人の変装をしていたが、同様に相手には見破られる。駐車場では、ナンバーが控えられて所属を調べられる。レンタカー会社ともつながっているから、一回目はうまくいっても、二回目からはクルマを止めたとたんに、頂上に待機している別のガードマンに連絡がいってしまう。夏の暑い中、電車に乗って徒歩で頂上をめざした時もあったが、望遠レンズを入れたリュックを背負っているから、どうしても目立つ。ある時は、テスト中断の連絡が間に合わず、ガードマンにカメラの前に立ちふさがられ、一触即発。いまでは、テストの主力が別の工場に移り、スクープ写真は撮れない。
鬼十訓 弐
工場付近の飲食店は情報の宝庫である
自動車メーカーの工場や研究施設は、都心から離れたところにある。広大な敷地が必要であるし、基本的にクルマ社会だ。通勤もクルマが主だし、物流はトラック輸送が中心である。ということは、部品を運ぶトラックのドライバーや、昼夜三交代制で、仕事の行き帰りに外でご飯を食べる工場の従業員が結構いる。こうした人たちが立ち寄るのは、安くてうまくて駐車場のあるところ。そうすると、たくさんはないから、自然と工場付近の繁盛店は決まってくる。栃木県内のとある工場近く、国道沿いのお店では、隣からこんな話しが漏れ聞こえてきた。
「会社の掲示板にケガ人が出たって書いてあった。あのラインの作業工程は前々から危ないと思ってたんだ」「給料上がらないよなー。会社は儲かっているのに」
かと思えば、
「ウチのラインで、明日から生産試作車が流れるっていう噂だぜ」とか、
「現行車が社員向けに値引きされた。そろそろ新型がでるのかな」など。ウラを取らないと記事にはできないが、情報の発信源としては、アリなのだ。
鬼十訓 三
車業界の横並び体質を守らないと、嫌われる
スクープを記事の柱に据えているだけに、新型車発表前のイベントに呼ばれることはない。嫌われ者である。それでも、商売柄、いつどこでどんなクルマの試乗会をやっているかくらいは知っている。もっとも、まさかメーカーの敷地内に潜入するわけにはいかないし、どこかの施設を借り切ってやっている時に、「招かれざる客」をやるほど、無粋でもない。
一度だけ某自動車メーカーの事前撮影会の模様を記事掲載したことがあった。そのときだけは、遠くの場所から望遠レンズで走行風景が覗けたため、記事掲載ができたのだが、業界内の反発は予想以上だった。他の雑誌編集者が「自分たちは解禁日を守っているのに、マガジンXが先に掲載するのはいかがなものか」と、主催者であるメーカーにねじ込んだというのが発端。スクープを出しぬかれるは、媒体から文句はつくはで踏んだり蹴ったりのそのメーカーの広報部は困り果ててしまった。広報部を困らせるのはいかん、と、そんな事情から自主規制したというわけだ。その後、この手のイベント情報は承知していても、行かないことにしている。
鬼十訓 四
「取材源の秘匿」というメディアの正義だけは、貫き通さねばならない
スクープ記事の件では、しょっちゅうメーカーからクレームを受ける。あるメーカーからは、新宿にあるビジネスホテルに呼び出され、スクープ記事のネタ元を明かして欲しいと、カンヅメにされた。教えれば、マガジンXに迷惑をかけない形で、本人を処分する、という。何を言われてもNOを貫く。彼は県警のOBだそうで、自動車メーカーに限らず、エクセレントカンパニーはクレームやトラブルの発生に備えて、こうした人たちを雇っているのだ。
また、外国人が社長のあるメーカーでは、スクープされた直後に、○○自動車から依頼を受けて来たという2人が、編集部に乗り込んできた。スクープの情報源など間違っても明かさないこちらに、「法的措置も辞さない」と脅かしてきたが、かなり長時間粘った末、帰っていった。
別のメーカーでは、担当重役から本社まで謝りに来い、と言われた。Xのスクープ記事に怒り、他の媒体の広告を止めると息巻いているのだそうだ。仕方ないので、面会に出向く。名刺を交換した後しばらくの間、沈黙があった。が、その役員は、「まぁ、よろしく頼むよ」と、一言のみ。拍子抜けである。スクープへのクレームは、各自動車メーカー経営者の雑誌に対する姿勢の一端を見るようで、興味深い。
鬼十訓 五
メーカー開発者と混浴せよ
北海道には、国内自動車メーカーの耐寒テストコースが集結している。部品メーカーや二輪メーカーまで合わせると、ゆうに10カ所は超えるのではないか。15年ほど前、あるメーカーの開発チームが大挙して、自社の耐寒試験場に来ていた。施設が未整備なので、近くの温泉場を定宿にしていた。私たちも一般客を装って一緒に宿泊する。
夕食が終わったころに、風呂に入る。すでに開発チームのメンバーとおぼしき人たちがいる。お酒も入っており、湯船ではすぐに打ち解けられる。仕事でクルマのテストをしている、と教えてくれた。とくに技術者の人たちは、クルマの走りやメカの話しは大好きなので、現行車の改善点や開発中の新しいメカニズムの話しなどで、長湯してしまう。あまりに話しがリアルになってくると疑われてしまうので、ほどほどのところで切り上げるのが大事だ。
カメラマンはこの間、駐車場に置いてある仮ナンバー車の写真を撮る。当時は今と違って、スクープに対するガードは極めて甘かった。なにしろ、塀のない場所で、平気でテストをしたり、テストコースと宿舎の往復にロードテストを兼ねて、試験車両を使っていたりしたころだから。いまじゃ、コースは見えない、箝口令は敷かれているどころか、逆にわれわれのような人間が街に入ってきた瞬間には、通報システムがあったりするから、スクープは至難の技だ。
鬼十訓 六
テストコースの警備員を制す者がスクープを制す
耐寒テストコースの二大ポイント、トヨタの士別テストコースと、ホンダの鷹栖テストコース。士別テストコースのアクセス道路でもある国道239号は、コースの脇を抜けるあたりが、峠になっている。このため、峠の頂上あたりからだと、カメラの望遠レンズで、テストコースを疾走するクルマがよく見えるのだ。しかし敵は、峠の麓の両側に、ランクルとハイラックスのペアで警備車両を配置している。こちらはレンタカーのリアシートにカメラマンが隠れ、峠の頂上でほんの10秒ほど、やおらカメラマンが起きだして、見事テストコース内の撮影に成功した。
鷹栖テストコースは、幹線道路からの取り付け道路が1本しかない。テストコースの正面玄関から引き返すと、前方からホンダ車が近づき、2台は至近距離で立ち往生。こちらはドアに鍵をかけ、窓を開けずにじっと相手を睨みつけていた。そんな睨み合いを、10分ほどした後、結局、相手が逆走して、道をあけた。その翌年、テストコースの敷地を望める丘の上から、見事新型CR-Vを撮影することに成功した。パネルバンから降ろされた獲物を、ファインダー越しに見つけたときのドキドキ感は、いまでも鮮明に覚えている。雪深い山の中をラッセルして丘を登り、何時間も待機した苦労など、あの光景を目の当たりにした時には、全部吹っ飛んだ。
鬼十訓 七
勇気を持て。他の車媒体から嫌われても、こっそり愛読されているものだ
スクープ記事が柱のマガジンXだけに、業界関係者にも好評をいただいている。もっとも、自社について批判されていることも少なくないので、密かに愛読して下
さっている方もいるようだ。主には、開発者とディーラー営業マンの方たち。新型車の開発メンバーと顔を合わせる機会があると、スクープについての質問がた
くさん寄せられる。開発者の方たちは非常に情熱的で、記者との議論を好む傾向にある。しかし、こうしたマガジンXと開発者の「仲いい関係」をヨシとしないの
が、会場に来ている他の媒体の編集者や評論家である。もちろん一部であると、断っておく。
「なんで、スクープ専門誌のマガジンXを招待するんだ」「あいつらと一緒なら、オレはもう来ない」なんてのは序の口。人によっては、「マガジンXに弱みでも握られているのか?」と、あらぬ疑いを広報マンに向ける人もいたようだ。また、販売会社の営業マンにも、熱烈な読者は多い。彼らは自社の扱い商品の情報はある程度知っているが、それでも末端の現場セールスに伝えられる情報には限りがあるのが現実。販売店の店長クラスでも、実車にお目にかかれるのは、得意客、ホット客向けの内覧会の時がやっと、ということは多い。ましてや、ライバル車の情報となると、からっきしである。そんな時に役に立つのがマガジンXだ。結局、作る人も、売る人も、そしてもちろんクルマを買う人も、欲しいのは新型車やライバル車の情報なのだ。
鬼十訓 八
やり過ぎると「出入り禁止」になる、スクープ記者なら、節度を持て
意外かもしれないが、マガジンXが自動車メーカーの相当厳しいスクープを掲載しているからと言って、露骨な形での「広報部出入り禁止」や「広報車貸与禁止」となったことは、ほとんどない。もちろん、面会を避けられたり、そもそも広報車をはじめから貸してもらえなかったりという、いやがらせは年中行事の、馴れっこであるが。
あるとき、新車発表会への出入り禁止事件が発生した。あらかじめ連絡をせず、高級ホテルでの発表会に、アニメのコスプレ姿で女性を乱入させるという大胆な企画を断行した。会場内はもともと多くのマスコミ関係者でにぎわっていたから、実際に何が起こったのか正確に把握した人は少なかったが、それでも会社の役員から、広報担当者が注意を受けたらしい。その後、編集部が事情を聞かれて、結局、当日撮影した写真を掲載しないことで、その場をしのいだ。この写真は未だ編集部にある。なお、その後、相当長い間にわたって、発表会の出入り禁止はもちろん、両社の広報部があるオフィスにも、編集部員は出入り禁止とされた。やり過ぎたので、当然の報いであると、自戒した。
鬼十訓 九
スクープの真贋は、記者の「目利き力」で見極めよ
内部告発をはじめ、さまざまな情報が入ってくる編集部では、情報の分析を徹底的に行う。詳細は企業秘密だが、スクープ班には、各自動車メーカー開発チームの詳細なデータがあるし、例えば図面の傾向や仕様もそれぞれ異なるが、スタッフはそれを見極める目を持っている。とはいえ、まれにミスることもある。情報筋を名乗る人間からから、スクープ班にアプローチがあった。
「超ド級」のスクープネタだったので、情報と取材謝礼を交換した。結局、そのネタはガセであることが、本誌掲載後に判明して、後の記事で経緯を説明した。この件については、競合誌も複数ダマされていた。また、通信社から購入するスクープ写真でも、失敗はある。とくに外国で撮影されたスクープ写真は、直接スクープ班がカメラマンから買い付ける場合と、通信社を経由して買う場合がある。いずれにしても、被写体がどこのメーカーの何というクルマか判断するのは、スクープ班の仕事だ。撮影された環境と、カメラマン氏の所見はついてくるが、その真贋はもちろん、正解を見つけるのは、まさに魚市場での仲買人と同じ、目利き勝
負だ。たまには韓国車を日本車と報じてしまったり、新型車なのか、フルモデルチェンジ車なのか、判断を間違えたりしたことは、正直、ある。ただし、知識と経験によって、見極め力100%に近づく快感があるから、スクープ記者はやめられない。
鬼十訓 十
広報車で風呂を沸かすと、怒られる
10年以上昔、本誌に「コンシューマーズ・テスト」という企画があった。専門誌として初めてクルマを水の中にダイビングさせて、脱出を試みたり、また火災を発生させたり、雷を落としたりもした。実車を原寸大のラジコンに仕立ててテストしたこともあり、この模様はテレビでも放送されたことを思いだす。
その名物企画の中で、「夏場のエンジン冷却性能試験」を行ったことがある。それはラジエータ冷却水を使って、お風呂を沸かすというもの。広報車のラジエータ・ホースを取り回して、風呂桶の水を温水で沸かして、ビキニ姿の可愛いモデル嬢に実際に入浴してもらった。最近のクルマの冷却性能は素晴らしいということを、読者の皆さんにわかりやすく解説するためで、悪気はなかった。写真一発で、何が起きているのかわかる。
下手な数値データを並べるより、よっぽどクルマの性能の良さをアピールできたと思ったが、もちろん、というべきか、メーカーは激怒。「目的外使用」「事前届け出なし」との理由から、以後、かなり長い間にわたって、広報車を貸してもらえなかった。